OKAZAKI KYOKO's Virgin please岡崎京子のバージンください
本屋で本に呼ばれることがある。“ちょいと”と声がするのでふりむくと『バージン』という一冊。─淡々と、ボーイズ&ガールズの時間は流れる。なにもおこらないけれど投げやりな感じはない。まつげのない女の子達は、何もかもわかってしまったかのようなさっぱりとした顔をしながら“気持の少女趣味”を抱いている。
「よかったですか?私は気に入ってるの、あんまりないんですよ。『タンポンの正しい使い方』これなんて仕事したくなくて“落としたいよー”“話つくれないよー”とか言ってたら目の前にタンポンの箱があったんで、“そうだ、これでいいやっ”って。ほとんどネーム考えるのが嫌で説明書を見ながらやったという……。いい加減なんです。私の漫画はね、みんな落とすよりマシのかたまりだっ、とか言って」
「怒られるとしか思えないようなテクニックを使って。このページなんてコピーしたんですよ。(各自、本を買って探してみましょう)12ページの作品を10ページ分の労力。1ページあたりの単価が安い!昔、奥平イラの漫画好きだったから、変なとこ影響を受けてますね。最近では蛭子能収が結構やってますけどね。“ローコスト岡崎”って呼んで下さい」と、作者は少し早口で自作を評価した。
あの新人類、中森明夫を袖にしたという噂もある岡崎京子。男の子が「床屋でこんな頭になっちゃってさあ」と話しているのを聞くたび、“そういうお金で育った私なんだわっ”と思慮深くなってしまうという床屋の長女。生家の理容ハナビシは、赤白青のぐるぐる柱も健在で、ドアをきいっと開けると懐しい、甘くて眠い香がする。壁には昭和の子ども然とした色あせたカットモデル(?)の写真。「これ、お茶目でしょ」
「活字好きだったんですよね。子供の時から。週刊朝日だろうが婦人公論だろうが本だったら何でもよかった。小学校の時は、みんながドッヂボールやってる時間に「ウンチだからできない」とか言って図書舘で岩波子ども文庫を読んでいたという情けない記憶がありますね。『銀のいす』『馬と少年』(ルイス・C・S)、『マヤの一生』(椋鳩十)とか読んで、ぐっすん。あの頃は向上心に燃えてたから、いっぱい本を読んで頭のいい子になりたいとホントに思ってたから」
「『植物図鑑』が好きでした。夏休みの宿題には必ず植物採集して押し花をつくったりしてましたね。小6で習う光合成を小3で知っていて得意だったり、寒天の上でカラスムギの栽培をしたり。友だちと遊んでいて、へんな草をみつけると“これはオオタデよっ”とかいちいち言う嫌な子でした。“ナンデェ、ウルセェ、バカッ”とか思われたかもしれない」
「図書舘なんて行くと、この本金部読めたらかっていいなあ─とすぐ思うけど。“私は図書館通いのおじょうになるんだ”。カッコイイじゃないですか。“ちょいと、お母さん図書館に行ってくるわっ”と出掛けて5時頃帰ってきて御飯をつくる生活すごくいいなと思ったんだけど、いまいち続かないから。でもはんと本はクセつけて読みたいですね」
作品の中にはこっそり「どうでもいいが国書刊行会の本はスゲエ」なんて書きこんであるし、『彗星物語』の主人公の名は「江智香」。スピノザの『エチカ』?そういえば時折、取り出す黒いふちのメガネはかなり厚い。この娘、一体何者だ?
「スピノザじゃないですよー。そんなのあたいは読みまへん。彼氏がちょっとヘンな奴で遊びにいったりすると『フライデーあるいは太平洋の冥界』(トゥルニエ・M)なんてのが置いてある。背表紙を読んでると得だなーと思って、覚えたりするけど、くわしくないです。「江智香」っていうのは、中沢新一が筑紫哲也との対談で「今、いちばん美しいと思うのは、はすっぱな女の子が道に煙草を捨てると“何てことするの”と怒ったりする、そういう徳、人の道のようなもの」と言っていて、それはいい話だなと思って。あえて言葉にするとそれを「エチカ」というらしいんです。漢字あてて女の子の名前にしてもカワイイでしょ。
中沢さん好きだけど、全部わかるとかは全然ないです。いいなあ、とかキレル奴とか思いながら一応読みます。そう、これからはハスミンのボンジュール重彦の本を読んで、少し真面目に勉強をしようかな、とか言って。ぐにゅんぐにゅんって感じの文章だし、ちょっと気の抜けない人だから、秋になって頭がすっきりしたら。
それから楳図かずお。やっぱり美しいし、丸尾先生も、もとには案外ウメズがあると思うし。ウメズッてる世界もきわめたいですね。最近好きなものは高橋源一郎さん。まだ4冊ですしね」
キョウコちゃんの作品のおしまいには時々BGMが書きこんである。P-MODEL、D・BOWIE、C・V(キャバレー・ポルテール)W・E(ウィーク・エンド)……。どちらかといえば漫画より「音楽」を追っていたらしい。
「友達の別荘で中1の時、「大きな音でビートルズを聴く楽しみを知って。そのあとラジオで、はずかしい話だけどツェッペリンに“どひー”と思って。ちょうど、ステレオ買ってもらったのでおこづかいは全部レコード。ツェッペリンの後はストラングラーズ。そのあとすごく細分化されてったでしょ。どっちかっていうとN・Wの音楽。新しい音がでると必ず聴いてた。ラフ・トレード、ゲイリー・ニューマン、ケイト・ブッシュ、B-52。めちゃくちゃですね。そのあと、C・Vとかオルタネイティヴといわれてた音も好きだった。“かっくい-”と思って。なんか頭よさそうだったでしょ、ジェネシス・P・オーリッジとか。T・G(スロッビング・グリッスル)は、“頭よすぎて”こえーよ。C・Vでがまんだっ”でした」
中学の頃『ロッキング・オン』を愛読。小松(現在・佐々木)容子さんの“陽一さんのもしもし編集室”がはじまった頃ですよ。竹田やよいが“超人ベック”とかやってて。なつかしー」と回想。そのつながりで『ポンプ』にイラストを投稿するようになる。1983年『東京おとなクラブ』第2号に作品を書き、同誌3号でエンドウユイチ氏から「岡崎京子は、シャキシャキした現実感覚を持ちあわせた少女で、足はミニーマウスのように細い」というオマージュが捧げられている。同人誌『カムパネラ』でめきめきその線は洗練されて、それに前後して『漫画ブリッコ』(白夜書房)に描いていたものをまとめたのが『バージン』。
「昨年くらいは漫画だけやってるのいやでいやでしょうがなかったんです。“漫画家ってダサイな”“文化屋雑貨店で働きながら漫画をかこう”とか。最近は仕事関係の人がまわりに多いせいか麻痺しちゃってるけど。そういうスケベ心はあるんですよ」
「頭でストーリーとか考えてるときは楽しいですね。ノートにうつすときに言葉が言葉を呼ぶという時もあるんで、そういうときは“私ってかっこいいっ”“きまったわね”。でも絵をつけるのはめんどくさくて“やだなやだな、早く終わんないかなー”と呪文のように繰り返してます。お金のことばっかり考えて。“これさえ終わればちょっとのまとまった金だなっ”とかね。さもしいことを。今、みんなイラスト上手だし、誰でもかけるんじやないかな。ただ文章と違っていろいろ道具とかいるから具体的な作業でサジ投げちゃうんじゃないかな-」
「ドラマがいやなんですよ。盛り上がりを避ける、山場を回避するっていうところありますね。ドラマやるとこっちがシラケちゃうから。早くシラケないようになりたいって今は思ってる。予定調和を今きちんとやるのって才能いるな、と思って。さべあのまさんが最近の作品で、昔、少女漫画によくあったキラキラ光るマークを復活させてて。白血病の彼氏が死んじやうんですよ。すごく面白かったんですけど。さべあさんもドラマを排除して、日常のちょっとした心情とかきちんと描くのがあんなに上手かった人なのに。びびりました。大人になったなあって。こういうのもいいな、と。うん。シラケないような体力をつけたいですね」
「でも、最近一番好きなのはチェリー・レッドとかドラマのない音で。それでドラマのない漫画しか描けないんじゃないか、と。今は、ウィーク・エンドとD・A・Fが3種じゃなくて、2種の神器。D・A・Fの楽器のなさが経済的で。ライブ聞いたんだけどカラオケだったし。ああいう色っぽさっていいな」
「これからは『赤毛のアン』描きたいですね。ちょっと変えてやったら面白いな。あと戦争の直後みたいなの。戸川と丸尾の影響をひきずってね。あと、フランスっぽいの。ゴダールっぽいのとか。こういうこと言うと“フンッ”って鼻で笑われそうですね。“底の浅いおニュー趣味はおやめ”とかね、言われそうで。でも私、そういう底の浅いおニュー趣味って大好き。それでもって風俗って進んでんじゃないかな。
でも、これからどうなっていくのかと思うとね。夕焼け空を見なから涙ぐみますよ」
*
1985年株式会社流行通信(現・株式会社INFAS)発行
スタジオボイス11月号 Vol.119 掲載
「無印才能・第三回 / 漫画家・岡崎京子」より